夢の実現のために諦めるもの
何かを得るためには同等の代価が必要
ーー『鋼の錬金術師』
等価交換だ!!!
夢を叶えるためには何を犠牲にし、差し出せばいいのだろう。
立て続けに夢を追う者の作品を鑑賞した。
『ラ・ラ・ランド』、『パラダイス・キス』、『かくかくしかじか』。
どれも夢を追う青き若者の物語でした。
青いよ!青色申告より青いよ!半分、青い。よ!
なんででしょう、最近このように夢を追っている青春(はずかし!)の話を欲しているオレです。
まずは、『ラ・ラ・ランド』 。
元来、ミュージカル大好きババアなわけですよ。嫌いなわけないじゃない!
最近賛否両論と書かれていて不穏な空気。
まあでも、もっと私よりハードコアでミュージカル好きであったり、ジャズが好きであったり、映画が好きであった利する人にとっては粗が目立ってしまう部分もあるのではないかなと。
しかしシャクですがこの坂元裕二の言葉を借りると、まさに、
意思のある三流は、四流だよ。
『カルテット』ー坂元裕二
な映画でしたね。実はは自分の好きじゃない事も好きなことで食っていくためには必ず必要だし、三流のこだわりなんぞプロフェッショナルの人たちからしたら邪魔なものでしたかないのですよ。
映画自体の批評も少しをば。最初はさんざんミアをたきつけて負いて自分だけ安パイな道にいち早く進んでいってしまったセブに腹が立ったし、後半はあんだけ依存的な関係にさせといてあっさり別の男と成就するミアに腹が立ちました。でも、古典ミュージカルのオマージュも最高だし、現代風にブラッシュアップした、ミュージカル映画的な部分もこれぞ!って感じでサイコーなのですよ。賛否両論あれど。やっぱりミュージカル映画は、音楽≧ストーリーなわけですよ。私にとって。
結果的に結ばれないセブとミア。今週読んで思い起こされたのは、『パラダイス・キス』。ジョージと紫。
「パラダイス・キス」ジョージはモデルの吉井和哉はきっとこんな男なのだろうと思ってしまうほどよく似ていて、夢を追わないものに冷たい。
この二人も夢の実現のために恋人を捨てる。
古今東西の物語を読んでみてもやっぱり夢と恋は等価であると感じている。
紫はさすが容姿はいいけどジョージまでは思わないけどけど主体性がない女だと感じる。でもそれは紫の家庭環境にも起因はあると思うのです。ジョージはまだ20そこらだからわかんないのさ!ばばあなめんなよ!
やっぱり、ぜったいお互い欲している2人でも夢の実現のためには離れる運命なのです。これは、物語だから?それともリアルにこれなの?
やっぱり、夢の実現のためには捨てなければいけない愛。
師弟関係とは一種の愛ですよね。その愛を捨てた『かくかくしかじか』。
自分をいつまでも嘘のない愛で信じた「先生」。
結局はこの愛も故郷宮崎に捨ててこなければ漫画家という夢の実現ができなかった東村アキコ。やはり夢と同じ価値のものは愛なのか・・・・。
立て続けに夢を叶える人の物語を観た。
しかしどれも自分の愛を等価で差し出している。
愛、夢、どちらを選ぶか、どちらをうまいと思うか。
それを定めることが、これからの人生のしあわせを視覚化できる心得なのではないか。